福井地方裁判所 昭和39年(わ)59号 判決 1965年8月05日
主文
被告人を懲役三月に処する。
但しこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は本店鯖江市西鯖江町所在の相互タクシー株式会社に自動車運転手として雇われ、昭和三八年三月六日同会社の従業員をもって相互タクシー労働組合が結成された後はその執行委員長として、同会社に対し他の組合員と共に労働条件改善等の要求を掲げて団体交渉を重ねていたが、右交渉が妥結しないため同月二五日頃以降争議状態にあったところ、同組合員服部斉、橋爪暁、≪中略≫及び田中忠信と共謀の上、右争議の闘争手段として同会社神明営業所にビラを貼る事を企て、
第一、同年六月二日午後二時過頃より同三時頃までの間鯖江市三六町第二号三番地所在の相互タクシー株式会社神明営業所において、右七名と共同して同営業所の事務室兼休憩室の硝子戸五本の硝子二〇枚及び腰板、並びに中二階の硝子戸二本の硝子六枚へ、藁半紙に「市会議員を道楽でやっていると云う社長には世論も聞えぬだろう」「地獄よりの使者加藤家へ来る、地獄のエンマ」「忌中」などと墨書したビラ四六枚を洗濯用糊で貼りつけ、著しく採光を妨げて右硝子戸の効用を失わしめると共に、これを汚損し、以て同会社所有の右硝子戸七本を損壊し
第二、右日時、場所において、同営業所建物の土壁、板壁、柱及び桁に藁半紙を用い「加藤チャン早く死げ」「タクシーでもうけてブタのように大きくなった、近い日に高血圧で死ぬぞバチ見され」「ブタババのすき焼、ババお前が会社へ出ると相互が破産だ」などと墨書したビラ六三枚を洗濯用糊で貼りつけ同建物の外観を著しく汚損し、以て同会社管理にかかる右建造物を損壊し
たものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は暴力行為等処罰ニ関スル法律(昭和三九年法律第一一四号による改正前のものであり、同改正法附則第二項により改正法施行前の行為に対する罰則の適用についてはなお従前の例によるとされる)第一条第一項、刑法第二六一条、罰金等臨時措置法第三条、第二条に、判示第二の所為は刑法第二六〇条前段、第六〇条に各該当するところ、第一の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条により重い第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役三月に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従いこれを全部被告人に負担させる。
(弁護人の主張に対する判断)
一、本件ビラ貼りは器物毀棄罪、建造物損壊罪の構成要件に該当しないとの点について
先づ、判示第一の硝子戸七本(建造物の一部でなく、これを毀損しないで取りはずし可能な物である)に対する器物損壊を内容とする暴力行為等処罰ニ関スル法律違反の事実については、ビラ貼りにより各硝子戸を汚損されたことはもとより、硝子戸本来の効用である採光を著しく妨げた事実(事務室兼休憩室では日中でも新聞記事が読めない程度であり、またその内部が運転手の仮眠室となっている中二階の硝子戸の採光障害も、貼られたビラの枚数、ビラの硝子を覆う部分からみて事務室兼休憩室と大差ない)を前掲証拠により認め得るから、右事実が器物毀棄罪に該当することは疑がない。
次に判示第二の建造物損壊の事実について考えると、前掲証拠によると
イ、ビラの貼られた部分は前記神明営業所(木造、トタン葺、平家建、間口約七・三メートル、奥行約五・六六メートル)の壁、柱、桁等外部から眺め得る部分の殆ど全面にわたっていること、
ロ、ビラはおおむね縦約三六センチメートル、横約二六センチメートルの藁半紙を用い、墨をもって乱雑な字体で書かれ、文字の横に赤インクで傍線、丸印をつけたものや中には墓の絵を書いたものもあり、その貼り方はなんらの秩序なく一面に集中、密接して極めて雑然と貼られていること、
ハ、ビラはその裏面全体に洗濯用糊を塗りつけて貼ったもので、用材の木目の凹部にくいこみ、その取りはがしのため水洗いでは足りず火箸、せんば等の金具を使用してこすらねばならなかったが、なお小紙片が残存し、かつ取りはがしのため壁等に擦り痕の損傷を与えたものであり、また右器具の使用は取りはがしのため必要な通常の方法であること
が認められる。
なる程証拠によれば、前記営業所建物は木造、トタン葺の相当年数を経たものであり、もと、所有者簑輪佐市方の物置として使用されていたもので格別の美観というものはないけれども、本件発生当時においては前記会社の営業所(電話による客からの注文受附、配車等の事務所、運転手の休憩所、車庫等として使用)に充てられ同所で客の乗降することもあり、鯖江市における主要道路である国道八号線に面し、相応の外観を備えることを要していたものであるところ、本件ビラ貼りによりその外観が著しく損なわれ、前記使用目的に供するための営業所としては、そのままの状態では到底使用に堪えず本来の効用を事実上、感情上減損したものというべきである。
ところで、ビラ貼りによる建造物損壊罪の成否については、従来の裁判例によっても明らかなように具体的事実の上に多様な差異があり、その故に有罪、無罪の判断が分れているけれども、右認定の程度に達するときは、これが建造物損壊罪の構成要件に該当することは明らかであり、前記主張は理由がない。
二、本件ビラ貼りは正当な争議行為であるとの点について、
関係証拠によると、判示のような団体交渉の経過のほか、会社側が事業場閉鎖、出勤停止命令等によって組合側に対抗し、また同年五月二五日になされた福井地方裁判所の賃金支払を命ずる仮処分決定に従わず、本件当時団体交渉が難航していた事実を認めることができるから団体交渉の再開、要望事項等を掲げたビラを争議行為の一環として事業施設の一部に貼付するようなことは場合によっては使用者において受認しなければならない場合も考えられすなわちこれが労働組合法第一条第二項により違法性を阻却する場合があることも否定できないが、これらの事情を勘案しても、本件ビラ貼りはその内容において、社長である加藤舜二、その妻加藤百合子や脱退旧組合員に対する個人的誹謗、いやがらせに終始するものであって、団体交渉の目的に直接関連するものではないから、正当な組合活動とは到底認められない。
三、ビラ貼りの慣行があったとの点について、
証拠によっても、本件会社において、会社側の明示または黙示の承認によるビラ貼りの慣行があったことは認め得ず、また他の企業においても、組合活動として正当な主張を記載し一般市民、使用者に訴える種類のものはともかく、前記のような記載内容のビラ貼りの慣行があったとは認められない。よって右主張も採用できない。
以上の理由により主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高沢新七 裁判官 山下巌 井上治郎)